2018年5月 6日 (日)

ヘンデル『タメルラーノ』

Img_1690_3


ジョージ・フレデリック・ヘンデル『タメルラーノ』
トレヴァー・ピノック指揮ザ・イングリッシュコンサート
ARTHAUS MUSIK 100703

 この『タメルラーノ』は、ロンドンにおけるイタリアオペラのプロデューサとして飛ぶ鳥を落とす勢いのあったときに書かれた作品です。
 秀作『ジューリオ・チェーザレ』の成功に気をよくしたヘンデルが、やはりヘンデルのオペラにいくつもの作品を提供している台本作家、ニコラフランチェスコ・ハイムによる台本を念入りにチェックし、歌詞やストーリーに適した曲を練り上げて、1724年に満を持してロンドンの聴衆に届けたものでした。
 予想通りこのオペラはヒットを飛ばし、10回以上の再演をみています。
 物語は、1402年の「アンカラの戦い」で、ティムール帝国の盟主タメルラーノが捕虜としたオスマントルコの王バヤゼットとの確執、その娘アステリアに対するタメルラーノの横恋慕を縦軸に、アステリアの婚約者であるにもかかわらずタメルラーノに取り込まれそうになるギリシャの王子アンドロニコ、タメルラーノの許婚として自らの誇りを護ろうとするトレビゾンの王女イレーネなどの関わりが横軸となって進行します。
 オペラのタイトルはティムール皇帝タメルラーノから取られていますが、物語としてみても音楽的にも、主役はバヤゼットであるのは間違いありません。
 捕虜となったことの無念、ともに捕囚の身となった娘への思い、オスマンの王としての矜持、そしてタメルラーノへの激しい怒り、これらの感情が歌われるバヤゼットの曲はどれも秀逸です。とくに第3幕で、タメルラーノからの侮辱から己の誇りを護るために自ら毒を仰ごうとする場面、復讐への執念と怨念の塊に化したような、その鬼気迫る様子はただ事ではなく、まさに鳥肌が立ってくるような名場面と言えるでしょう。
 この時代のロンドンのオペラで主役を張るのはご多分にもれずカストラートかソプラノのプリマドンナでしたが、めずらしくテノールが歌うバヤゼットが主役であるにもかかわらず成功をおさめることが出来たのは、このバヤゼットの役柄の魅力が大きかったのかったのではないかと思えます。
 タメルラーノからの保護とアステリアへの愛との間で煩悶するギリシャ王子アンドロニコ役は、カウンターテナーが歌います。こうした優柔不断な男役はやはりカウンターテナーの独壇場です。しかし役回りとしてはどこか情けないアンドロニコですが、割り当てられたアリアは、どれも美しいものばかりとなっています。
 タイトルロールのタメルラーノは、残忍な暴君というより、言い出したら聞かないやんちゃ坊主といった感じの仕上がり、それに対して、囚われの王女アステリアは悲しみに満ちたアリアを幾つも聞かせます。
 もうひとつ特記すべきは、このオペラの大団円のことでしょう。バヤゼットが毒を仰ぎ、その父を追いかけてアステリアが舞台から退場した後、残された歌手だけが短調の合唱曲を歌って幕となるという構成になっているのです。苦悩の日々が過ぎて愛と希望が復活するといったハッピーエンドの終幕に慣れてしまった感覚からすると、どこかキツネにつままれたような気分になってしまったのは事実です。
 演出を担当したのはジョナサン・ミラーで、使われた劇場が小さいためか、歌手達の動きはあまり多くありません。その代わり、衣装がとても見事で、バロックオペラの映像タイトルで、歌手の衣装や装身具にここまで細部のこだわりを見せた演出というのは、他にあまり例がないように思います。
 演奏はピノックとその手兵イングリッシュコンサートなので、これはもう安心して聴けるというものでしょう。

WEBサイト「文芸工房ARS POETICA」はこちら

2017年10月15日 (日)

クラウディオ・モンテヴェルディ『ポッペアの戴冠』

Img_1328_3

クラウディオ・モンテヴェルディ『ポッペアの戴冠』
ルネ・ヤーコプス指揮コンチェルト・ヴォカーレ
harmoniamundi FRANCE HML5901330 (旧版901330.32)

Img_1329

クラウディオ・モンテヴェルディ『ポッペアの戴冠』
ニコラウス・アーノンクール指揮チューリヒ歌劇場モンテヴェルディ・アンサンブル
Deutsche Grammophon UCBG1220/1

 モンテヴェルディは、厳格な対位法にもとづくルネサンス・ポリフォニー様式の宗教曲やマドリガーレの作曲家として登場し、後にその様式を徐々に変化させて、より自由な構成による初期バロック音楽の大家として音楽史に名を残しました。
 『ポッペアの戴冠』は、そのモンテヴェルディ最晩年の手になるオペラであり、1642年に作曲され、ヴェネチアにおいて初演されました。今日でも、初期バロックオペラの最大傑作としての名声が確立されている作品です。
 一般的にバロックオペラというと、後期バロック時代の、レチタティーヴォ(語り)とアリア(歌)が明確に区別された様式を想起します。しかし、モンテヴェルディのオペラは、「語り」と「歌」が明瞭に区分されているわけではありません。確かに、語りもあれば歌もある。しかし、その両者の要素が渾然一体となった、「歌うように語り」「語るように歌う」フレーズが、途切れることなく、ひと続きの河の流れのように展開し、大きな音楽世界、物語世界の形作っているところに、モンテヴェルディ(あるいは初期バロック)のオペラ作品の不思議な魅力が生まれているといってもいいでしょう。
 こうした初期バロック音楽の作法は、レチタール・カンタンドと呼ばれ、ルネサンス・ポリフォニー様式の厳格な対位法の世界から抜け出て、より自由な音楽表現を求めたところに花開きました。モンテヴェルディのオペラ作品もその系譜に位置づけることができます。モンテヴェルディはそのレチタール・カンタンド様式をより洗練させ、その後のバロックオペラの隆盛の基礎を創り上げる役割を果たしました。オペラはその後、「語り」が物語の進行を、「歌」が登場人物の内面を表出するという役割分担をおこなうことで、やがてヘンデルやハッセのような、レチタティーヴォ(語り)とアリア(歌)に整理された様式へと変化していきました。

 さて、このオペラには、ナポリ稿とヴェネチア稿という二種類の写譜が残されていますが、いずれも歌詞と低音部だけしか記譜されておらず、そのため、演奏者は楽器やオーケストレーションを独自に工夫しなければなりません。いわば、演奏者の独自性がそのまま顕現される作品という面白さがあります。
 ヤーコプスのCDは、1990年、モンペリエ歌劇場でのライヴ録音版です。私個人としては、このオペラのメディアタイトルのなかでも一番に挙げたい演奏です。コンティヌオを中心とした古楽器の響きの美しさもさることながら、的確なテンポ設定と、差し挟まれる管弦楽のシンフォニアやリトルネッロの流暢さ、楽器と声のバランス、語りと歌の一連の流れが素晴らしい音楽的まとまりを作っています。器楽の使用は比較的控えめなのですが、それが劇的な物語空間の緊張感を作り出しているのです。シリアスな場面とコミカルな場面の転換も嫌味や違和感なく楽しめます。タイトルロールを歌うボルスをはじめとする歌手たちも文句なく、おそらくヤーコプスの録音のなかでも会心作といえるものではないでしょうか。
 いっぽう、ポネル演出、アーノンクールによるDVDは、1978年に製作されたオペラ映画です。比較的古い映像なので粗さも目立ちますが、ライヴ映像ではない分、計画的に創り込まれた映像の面白さを味わうことが出来ます。例えば、序章の運命、徳、愛の寓意的登場人物が、随時物語の進行に関わるところや、登場人物たちの仕草、表情を切り取ったカットは物語の進行の理解を助けてくれます。
 音楽的には、ネローネをテノールのエリック・タピーに配しているのが特徴です。役との整合性という点では納得のいく采配でしょう。あと、フッテンロッハーやアライサなどのビッグネームがチョイ役で出ているのには驚きました。器楽の陣容は、映像を見る限りでは古楽器と現代楽器が混じっており、演奏に関してはやや分厚いオーケストレーションで処理しているのは時代を感じさせます。
 ヤーコプス盤は、音楽的なまとまりと美しさにおいて完璧を感じさせる演奏です。録音後27年という時間の経過をまったく感じさせるところがありません。モンテヴェルディ・オペラの演奏史において、ひとつの金字塔を打ち立てていると言っても過言ではないと思います。
 アーノンクール盤のほうは、「ポッペアの戴冠」というオペラ黎明期の作品を、音楽史の博物館の展示室の中から、現代の聴衆の前にいきいきと再現して見せてくれた、記念碑的な演奏であると言うことが出来るかも知れません。 

2012年12月31日 (月)

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ『フルート協奏曲集』

Cpeb_2
 
カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ『フルート協奏曲集』
 
 
トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック管弦楽団
ERATO 2292-45353-2
 
 カール・フィリップ・エマヌエル・バッハは、あの大バッハが先妻マリア・バルバラとの間にもうけた第二子です。バッハの息子たちは、その多くが音楽家として成長していますが、なかでもカール・フィリップ・エマヌエルはひときわ豊かな才能に恵まれていました。ベルリンに赴き、啓蒙専制君主として歴史に名を残したフリードリヒ2世(フリードリヒ大王)に仕え、さらには大作曲家テレマンの後任としてハンブルク市の音楽監督に就任しています。こうした経歴からみても、彼がいかに成功した音楽家であったかが納得されるでしょう。
 このCDに収められている「フルート協奏曲」は、彼がベルリンにいた頃に作曲されたもので、フルートの名手でもあったフリードリヒ2世のために書かれたものと思われます。
 
Image211
 
画家メンツェルの描いた「サン・スーシ宮のフルート演奏」という絵画がありますが、音楽にも造詣の深かったフリードリヒ2世の宮廷の様子を生き生きと描き出しています。画面の中央でフルートを演奏しているのが、フリードリヒ2世その人。右側で、背中をむけてチェンバロの前に座っているのが、エマヌエル・バッハだと言われています。さらには、画面の左奥には、フリードリヒ2世に近代合理精神を講義したヴォルテールも描かれています。
 さて、エマヌエルバッハは、協奏曲のみならず、シンフォニアやクラヴィーアのための独奏曲など、さまざまな楽曲を書いていますが、いずれも、彼特有のファンタジックな曲相、ダイナミックな面白さをいかんなく発揮した曲となっています。疾風怒濤を思わせる旋律の変化など、彼の音楽は「多感様式」と呼ばれ、ハイドンやベートーヴェンに影響を与えたとされていますが、それも頷けるところです。
 ところが、父親のバッハは、このよく出来た息子のことをあまり評価していなかったらしく、「あいつは時流に乗っていい気になっている。そのうち行き詰まるだろう」という意味のことを語ったと伝えられています。音楽評論家であったヨハン・アドルフ・シャイベが自著『批評的音楽家』のなかで、父バッハの音楽を時代遅れと酷評したのは、1737年のことでした。息子のエマヌエル・バッハは既に作曲活動を始めており、その3年後には、ベルリンの宮廷でフリードリヒ大王の音楽教師となり、時代の寵児への階段を駆け登り始めます。さきに書いたように、テレマンにもその才能を買われた彼は、当時、父バッハよりもはるかに人気のある売れっ子作曲家となっていました。
 対位法を中心とした父バッハの音楽は、既に古風なものとして流行から外れていましたが、しかし父バッハは、頑ななまでに自らの音楽を追及するかのように、時代が求める作風とはまさに対極を行く、「フーガの技法」や「音楽の捧げもの」等、純粋な音楽的世界の探求に突き進んでいったのです。
 親と子の世代の確執というのは、どの世界にも、いつの時代にもあったということでしょうか。
 さて、手兵のアムステルダム・バロック管弦楽団を指揮するトン・コープマンは、オランダ出身のチェンバロ・オルガン奏者で、レオンハルトに師事した、いわば古楽演奏の第2世代の代表格です。このCDでは、通奏低音チェンバロを演奏しながらの「弾き振り」を披露していますが、そのチェンバロの雄弁な語りがこの演奏の何よりの醍醐味といってよく、エマヌエル・バッハのギャラントな曲想との相性は抜群で、その自由闊達さはまるでジャズ演奏を彷彿とさせるほどです。
 いっぽう、ソリストであるコンラート・ヒュンテラーのフルート演奏は、それに対し、華やかでいながら折り目正しく、コープマンの無邪気とも思える奔放さと好対照をなしていて、演奏全体のまとまりをうまい具合に作り出しています。
 このあたりの妙を聴くのも、このCDの楽しみと言えるかも知れません。
 
WEBサイト「文芸工房ARS POETICA」はこちら

2012年10月25日 (木)

ドラランド『王の晩餐のためのサンフォニー』

Laland_reyne

ドラランド『王の晩餐のためのサンフォニー』

ヒューゴ・レーヌ指揮、アンサンブル・サンフォニー・デュ・マレ harmonia mundi France HMC901337.40

 フランスの絶対王政を築いた太陽王ルイ14世の時代の音楽家といえば、その寵愛を傘に着てヴェルサイユの音楽活動を牛耳ったリュリが代表格と言えますが、ここに紹介するミシェル・リシャール・ドラランドも、ルイ王朝における重要な音楽家の一人です。ドラランドもまた、ルイ14世の信任篤く、その王女の音楽教師に任ぜられました。
 リュリは、台本作家モリエールとの確執にみるように、ヴェルサイユにおける自己の芸術上の影響力の強化のためには手段を選ばぬ策略家でした。様々な方法を使って、自分以外の音楽家や芸術家が宮廷内で強い影響力を持つことを排除しようとしました。しかし、ドラランドは、リュリによる妨害工作などを受けることはなく、王室礼拝堂の楽長としてその生涯を終えています。リュリは、ドラランドの才能が、宮廷内における自分の立場を凌駕するほどのものではないと軽く考えていたのでしょうか。おそらくそうではなく、ドラランドの主な活躍の場が宗教音楽であったことがその理由ではないかと思います。劇音楽家リュリはオペラ上演権の独占に固執しましたが、礼拝堂の仕事を主とするドラランドとの間には、うまい具合に分業が成り立っていたのでしょう。
 したがって、ドラランドのすぐれた仕事はおもに宗教音楽の分野に集中していますが、世俗の楽曲にも優れたものがあります。ここにとりあげるCD「王の晩餐のためのサンフォニー」もそのひとつです。名前のごとく、ルイ14世の晩餐を飾った器楽合奏曲集で、その性格からして、肩の凝らない、それでいてフランス古典音楽ならではの優雅な気品と愉悦に満ちています。冒頭の、壮麗なトランペットとティンパニによるファンファーレは、太陽王ルイ14世の堂々たる入場を想像させます。続く軽やかなエールは、贅沢な料理が次々と食卓に運ばれてきては並べられる様を描いているようで、その光景を思い浮かべるだけで豪華な気分になってしまいます。ジグやロンドー、パッサカリー。多才な舞曲楽章に彩られ、時折差し挟まれるカスタネットや鈴などの鳴り物も楽しく、時の経つのを忘れさせます。王の前では、この音楽に合わせ、華やかなバレも披露されたのではないでしょうか。この曲集は、何処から聴き始めても、何処で聴き終えても、最高の趣を私たちにもたらしてくれます。ルイ14世崩御の後、ルイ15世の御代までヴェルサイユ宮殿の晩餐を飾ったと言いますから、まさに宮廷雅楽の決定版といったところでしょう。
 このCDは、「アンサンブル・サンフォニー・デュ・マレ」と指揮者ヒューゴ・レーヌのデビュー作でした。レーヌは、リコーダー奏者でもありますので、指揮だけでなく、リコーダーでもこのCDの録音に参加しています。しっとりした滋味と、舞曲の特性をいかすメリハリのあるリズム感で、CD4枚組という分量にもかかわらず飽きることがありません。
 なお、現時点では、HMV、タワーレコード、Amazonいずれのカタログにも、ここで紹介した全曲盤は見あたらず、CD1枚に納めた抜粋盤(harmonia mundi France HMA1951303)のみとなっています。残念なことで、一日もはやく全曲盤の復刻がされることを望みたいと思います。

WEBサイト「文芸工房ARS POETICA」はこちら

2012年9月15日 (土)

カール・ミュンヒンガー指揮・シュトゥッツガルト室内管弦楽団『古典派フルート協奏曲集』

Munchinger

カール・ミュンヒンガー指揮・シュトゥッツガルト室内管弦楽団『古典派フルート協奏曲集』LONDON POCL-2117

 このCDに納められているのは、伝ペルゴレージ、エマヌエル・バッハ、チマローザといった作曲家たちの作品なので、タイトルとしては正確とは言い得ないかも知れません。唯一、チマローザの作品だけは、古典派の装いを端正に身に纏っていますが、他の二人は、音楽史的には「前古典派」に位置づけられる作曲家であると言えるからです。
 「前古典派」とは、分かりやすく言えば、バロックから古典派への中間に位置する時代、作曲家の名前で言うなら、大バッハあるいはヘンデルと、モーツァルトやハイドンの間に活躍した作曲家の属する時代です。なお、ペルゴレージのフルート協奏曲2曲に関しては、彼の真作ではないらしいことが分かっていますが、誰の作品であるかは究明されていません。
 これらの作曲家については、また別の項目で取り上げることもあると思いますので、ここではおもに演奏者であるカール・ミュンヒンガーについてふれておきましょう。
 指揮者であるミュンヒンガーは、1945年にシュトゥッツガルト室内管弦楽団を結成し、バッハやビバルディなどのバロック音楽の復興に先鞭をつけました。その演奏は、軽快で衒いなく、誰の耳にも心地よく響くもので、大戦で疲弊した多くの人々の心の慰めとなったに違いありません。そんなミュンヒンガーの活躍がひとつの契機となり、戦後のバロック音楽ブームが到来したのです。私たちがよく知っている、イ・ムジチ合奏団やイ・ソリスティ・ベネティ合奏団なども、そのなかで頭角を現してきました。
 ミュンヒンガーの演奏スタイルは、様式的には両大戦間に定着した新即物主義の理念を更に洗練させたものであるように思えます。それまでのロマン主義的な音楽解釈への反動として、できるだけ楽譜に忠実に、そして主観を排して作品そのものの姿を浮かび上がらせようとしたのです。もちろんモダン楽器を使用していますが、ひとつひとつの音符を丁寧に処理していく、しかも音楽的に。芸術家という以上に、職人的とさえ言える生真面目さが伺えます。万人に受け入れられる心地よい音楽づくりが成功したのも、そのような姿勢の結果であると言えるでしょう。このようなミュンヒンガーの演奏については、没個性的、ただのBGMである、などといった批判があるのも事実です。また、大規模なオーケストラを指揮した録音などは、失敗作との評価も受けました。バロック音楽を職人的な丁寧さで演奏することを得意とするミュンヒンガーの音楽性からすれば、相性の問題がでてくるのも無理からぬところでしょう。しかし、このCDを聴いても伝わってくる、「音楽の愉しさ」を戦後の人々に印象づけたのは、何といっても彼の大きな功績であるのは間違いありません。様式的にも、ミュンヒンガーの存在があったからこそ、今日のオリジナル主義によるバロック音楽演奏の隆盛が準備されたといっても良いと思います。 

WEBサイト「文芸工房ARS POETICA」はこちら

2012年8月25日 (土)

アルビノーニ『協奏曲集作品9』

Albinoni

 クリストファー・ホグウッド指揮、アカデミー・オヴ・エンシェントミュージック アルビノーニ『協奏曲集 作品9』DECCA 458 192-2 CDです。

 「アルビノーニのアダージョ」で知られる作曲家、トマゾ・ジョヴァンニ・アルビノーニは、1671年、イタリアの水の都、ヴェネチアに生まれました。バロック時代の作曲家は、たいていが宮廷や教会に伺候して、自分たちの雇い主である王侯貴族たちの求めに応じ、あるいは教会行事のための音楽を作曲するのが一般的でした。つまり、程度の差はあれ、音楽は自らと家族の生活の糧を得るための手段であり、経済活動でもあったのです。しかし、成功した裕福な紙商人の家庭に生まれたアルビノーニは、経済的な桎梏から解き放たれており、作曲家としてそうした被用者の立場に身を置くことはありませんでした。自らを「ディレッタント」と称し、自由な立場で、自分の好きな音楽を書き続けることが出来たのです。作曲家としては、まことに幸運であったと言えるでしょう。
 そのためでしょうか、アルビノーニの音楽は、深みというものはないにせよ、屈託のない育ちの良さを感じさせる、素直な美しさに満ちています。長調の調べは、明るく軽快で、うっとりするような抒情にあふれ、短調の調べはどこまでもメランコリックで、感傷的です。綺麗なものを見れば臆することなく賞賛し、悲しみに遭えば嘆きに心を痛める。私たちが大人の作法を身につけてゆくなかでいつしか忘れ去ってきた、そんな純粋な天真爛漫さに出会ったかのような感動と懐かしさが、アルビノーニの音楽にはあるのです。こうした表現は、様式美を追求したバロック音楽の、ひとつの典型とさえ言い得るような気がします。
 さて、アルビノーニは様々なジャンルの曲を作っていますが、こうした彼の音楽の特徴をもっとも良く現しているのが、協奏曲であると言えるでしょう。アルビノーニが出版した協奏曲集には、作品5、作品7、作品9、そして作品10があり、それぞれが12曲から成っています。なかでも音楽的に充実しているのが、この作品9の協奏曲集です。この曲集は、1722年に出版されており、バイエルン選帝候マクシミリアン2世に献呈されました。弦楽合奏と、ヴァイオリンまたはオーボエのための協奏曲で構成されており、オーボエ協奏曲は1本のオーボエのためのものと、2本のオーボエのためのものがあります。名作だけに、昔からさまざまな演奏家が取り上げてきましたが、このホグウッドとアカデミー・オヴ・エンシェントミュージックによる演奏は、ジャケット写真のクレジットにも見えるように、古楽器オケによるものとしては世界初録音でした。よくドライブされた古楽器ならではの、透明感あふれる響きと、足並みの軽やかな音の運びが美しく、ともするとはしゃぎ過ぎ、あるいはウェットに流れがちなアルビノーニの音楽に、上品な抑制のきいた輝きを与えています。通奏低音にリュートやバロックギターを採用しているのも古楽器演奏ならではの成果で、ヴァイオリン族の音の狭間から顔を覗かせるそれらの楽器の繊細な音色は、古楽器による演奏ならではの魅力でしょう。
 アルビノーニは、自由人として音楽活動をおこなっていたため、記録に乏しく、詳しい伝記が書かれていません。殆どを故国イタリアで過ごし、生まれたのと同じヴェネチアで、1751年に亡くなったとされています。したがって、こうした美しい音楽を、どのような生活と心象のなかで生み出し続けたのかは謎ですが、彼の音楽が私たちにもたらしてくれたのと同じ幸福のなかで、その生涯を送ったに違いないということを祈らずにはいられません。
 ところで、冒頭にふれた「アルビノーニのアダージョ」は、映画のBGMになったり、ポピュラーミュージックのアーティストが取り上げたりと、この作曲家の名前を多くの人に知らしめるきっかけとなった曲です。ところが、この曲はじつは当のアルビノーニとは何の関係もない、後世の人の贋作であることが判明しています。アルビノーニの旋律がいかに美しく、人々の心を捉えて離さないかということを印象づけるエピソードではないでしょうか。

サイト「文芸工房ARS POETICA」はこちら

2012年8月20日 (月)

ルベル『四大元素』

Les_elemens

 マルク・ミンコフスキ指揮ルーブル宮音楽隊、ジャン・フェリ・ルベル作曲、舞踏組曲『四大元素』のCD(ERATO 2292-45974-2)について。

 J.F.ルベルという、この耳慣れない名前の18世紀フランスの作曲家は、組曲『四大元素』(Les Elemens)一曲で、現在では有名になっています。
 それは、この曲の冒頭に鳴り響く、すさまじい不協和音の奏でる衝撃的な印象によるものでしょう。バロック時代の組曲とは思えない、破壊的とすら言える音の洪水に、おそらく何の予備知識も持たずにこの冒頭の曲を耳にした人は、現代音楽の作曲家の作品と聴き間違うこともあるかも知れません。もちろん、バロック時代にも不協和音を用いた作品や、半音階進行を織り交ぜた曲はあるにはあるのですが、その聴覚的なインパクトという点では、なにをも凌ぐ迫力を持っています。
 この冒頭の曲は「混沌」(Le Chaos)と名付けられていて、古代ギリシアで宇宙を構成すると考えられていた土、水、火、空気の四大元素が、未だその分化した姿を見せる前の渾然一体とした様子を描写したものですが、その内部において、まさにこれから宇宙を生成し始めようという、すさまじいエネルギーを秘めた、いわば現代流に言うならビッグバンの様相を音に託した作品と言ってよいかも知れません。
 しかし、ルベルの名を現代に知らしめた破格の音の洪水はこの第一楽章だけで、あとは雅やかな宮廷舞曲風の音楽が続きます。ルベルは、ルイ14世の治世にあってヴェルサイユの音楽監督J.B.リュリに師事し、自身も宮廷作曲家の称号を持つ、生粋のフランス古典音楽の大家でしたから、それも当然のことでしょう。カオスに続く四大元素を構成する楽曲は、熱狂的な大爆発から物質が徐々に冷えて宇宙の秩序や自然をかたち作っていく、その様を優雅に活写しているように思えます。古代ギリシアの思想では、万物の根源であるこの四種の元素を結びつけるものが”愛”であるとされました。ルベルの『四大元素』もまた、その終曲から二番目に、可憐な「愛のためのエール(Air pour L'Amor)」を配し、祝祭的なカプリースが宇宙の完成を歓喜を以て迎え曲を終えます。
 さて、このCDを演奏している、マルク・ミンコフスキとルーブル宮音楽隊は、情感的で色彩感ゆたかな音楽づくりを特色としていますが、それは後半の、フランスらしい舞曲にその良さがとくに現れていると言えるでしょう。
 冒頭のカオスの楽章は、その点ではやや優しげでもの足りなさを感じる面もありますが、それに続く、いかにもヴェルサイユの音楽らしい雅やかな楽章とは却ってうまく釣り合いがとれていて、音楽的には微妙な統一感が保たれているように感じます。
 ところで、このCDには、『四大元素』の他に、『舞踏の諸相』と、師であるリュリへの追悼曲である『リュリ氏のトンボー』の二曲が収められています。いずれも素晴らしい音楽とその演奏です。

WEBサイト「文芸工房 ARS POETICA」はこちら

2012年8月18日 (土)

ハッセ『クレオフィード』

Cleofide

J.A.ハッセのオペラ『クレオフィード』クリスティ指揮、カペッラ・コロニエンシス・・・こちらはCDです。(CAPRICCIO 7080)ドイツのハンブルクに生まれたハッセは、生涯、ドイツとイタリアの間を何度も行き来しながら、音楽を書きつづけました。とくに、彼の本格的なイタリア・オペラは、ドイツで人気があり、同時代のあの大バッハをも凌ぐ、売れっ子でした。
バロック・オペラの神髄は、徹底した様式美の追求にありますが、その点では、ヘンデルのほうがはるかに洗練されていて、それに比較するとハッセのオペラはやや冗漫な印象を受けます。
しかし、このCDの売りは何といってもその豪華な歌手陣でしょう。カークビー、メロン、ヴィス、リー・レイギン・・・まさに大スター夢の競演です。そして指揮がクリスティというのだから文句のつけようがありません。それだけでも十分聞かせる演奏になっています。

WEBサイト「文芸工房ARSPOETICA」はこちら

チマローザ『秘密の結婚』

Il_matrimonio

ドメニコ・チマローザのオペラ『秘密の結婚』のDVD。ハンペ指揮、ドロットニングホルム宮廷劇場オーケストラ。(EUROARTS 2054548)
”イタリアのモーツァルト”の異名をとるチマローザは、美しい旋律の音楽をたくさん残しました。しかし、現在まで伝わる作品は、決して多くありません。なかでも70曲を越えるオペラを作曲していますが、今日、辛うじて上演されるのはこの作品くらいです。
モーツァルトに連なるオペラ・ブッファの醍醐味が味わえるDVDです。古楽器を使ったドロットニングホルム宮廷劇場オケの響き、18世紀の雰囲気たっぷりの舞台演出など、素晴らしい。例によって字幕は英語ですが、物語の筋が単純なので、比較的分かりやすかったです。

WEBサイト「文芸工房ARS POETICA」 はこちら